『第三の男』9種類比較


映画史に残る傑作『第三の男』。
監督:キャロル・リード、原作・脚本:グレアム・グリーン

1949年製作なので、今は著作権が切れパブリック・ドメインとなっている。そのため、廉価版DVDを始め、ソフトが多数乱発されている。

もともと好きだった映画なのだけど、安い500円DVDに手を出して買ってみたところ驚愕。訳が酷い。せっかくいいシーンなのに訳が適当で面白さが損なわれている。

どうもこれはおかしいぞ、と思い、ちまたに流通している『第三の男』を買いそろえてみた。で、日本語翻訳くらべ。果たしてどの訳がいいのか。

参考にするのは映画が始まって1時間03分。主人公ホリー・マーティンスが、好きになった女優のアンナに恋を打ち明けるところ。名シーンだ。


そもそも英語ではなんと言っているか。ト書きはセリフのように組み込み、省略形です。

HOLLY「Look, I've got a splitting headache and you stand there
   and just talk and talk. I hate it.」
ANNA 「(laugh)」
HOLLY「That's the first time I ever saw you laugh. Do it agein.」
ANNA 「There isn't enough for two laughs.」
HOLLY「I'd make comic faces and stand on my head and grin at you
   between my legs, and tell all sort of jokes. I wouldn't
   stand chance, would I?」
ANNA 「(tears in her eyes)」
HOLLY「Well, you did tell me I ought to find myself a girl.」


第三の男 [Blu-ray]

第三の男 [Blu-ray]

さて、まずは2013年に出たブルーレイ(これ以外すべてDVD)。ジェネオン・ユニバーサル版。定価1980円。特典多数(予告編、ラジオ版、J・コットン、インタビューなど)。

ホリー「私は頭が痛いのに君はまくし立ててくる。勘弁してくれ」
アンナ「(笑う)」
ホリー「初めて君の笑顔を見たよ。もう一度頼む」
アンナ「そこまで面白くないわ」
ホリー「おかしな顔をしたり、両脚の間から顔を見せて笑ったり、ジョ
    ークを言うよ。それでもダメかな?」
アンナ「(涙)」
ホリー「分かった。自分の恋人を見つけろと言ったね」



次にキープ株式会社(水野晴郎総監修)版(2005年)。定価500円。画質は悪く、しかも1時間10分の所で映像と字幕にズレがある珍品。日本語の他に英語字幕も選べる。

ホリー「話すと二日酔いに響く、それが嫌だ」
アンナ「(笑う)」
ホリー「君の笑顔を初めて見た。もう一度…」
アンナ「二度も笑えないわ」
ホリー「面白い顔をしよう。おかしな行動もしよう。あらゆる冗談を
    言おう。見込みはないかい?」
アンナ「(涙)」
ホリー「恋人を見つけろと言ったね」


次にジェネオン・ユニバーサル版(2012年)。定価1500円。画像はきれい。ちゃんとしたメニュー画面がある。特典もあって、予告2種、ラジオ版の『第三の男』などが入っている。ただしこれ、字幕フォントが最悪。細いし粗い。しかもラスト、まだ終わっていないのに字幕翻訳者のクレジットが入る。DVD版では画質、翻訳(の文章)は1番なのだが、欠点がそれを上回っている。

ホリー「ひどい頭痛がする。君はそこに立って話し続けるし、地獄だよ」
アンナ「(笑う)」
ホリー「初めて笑顔を見たよ。もう一度」
アンナ「笑う理由がないわ」
ホリー「変な顔ができるんだ。逆立ちして足の間から笑えるよ。冗談も
    言おう。俺にチャンスはないのかな」
アンナ「(涙)」
ホリー「君は私に恋人を探せと言ったんだったね」


第三の男 [DVD]

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これも上と同じジェネオン・ユニバーサル版(2004年)。同じ会社なのに訳が違う。定価2500円。画像ややいいのだがボヤけ気味。

ホリー「君の話を聞いてると頭が割れそうに痛む。嫌いだね」
アンナ「(笑う)」
ホリー「初めて笑顔を見た。もう一度」
アンナ「無理だわ」
ホリー「百面相を見せよう。逆立ちや色々なポーズも。冗談も連発す
    る。でも君は笑わないか」
アンナ「(涙)」
ホリー「言われたね。他の女を探せと」


シネマクラシック 第三の男 [DVD]

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次はケー・アイ・コーポレーション版(2006)。定価2980円。メニュー画面なしで、画像は悪くて暗い。『第三の男』はアメリカ版とイギリス版があって、前者が100分、後者が105分なのだが、このDVD、105分とイギリス版のはずなのだが、途中アメリカ版にしかない映像も入っていたりと、混在してる?

ホリー「頭痛がしてきた。君がしゃべり通しだから」
アンナ「(笑う)」
ホリー「初めて笑ったね。もう一度」
アンナ「2度は無理よ」
ホリー「百面相をして、足の間から顔を出して、冗談を言っても、それ
    でも笑わない?」
アンナ「(涙)」
ホリー「私にこそ恋人が必要だと言ったね」


第三の男 [DVD]

第三の男 [DVD]

これはコスミック・インターナショナル版。定価500円。上のケー・アイ・コーポレーション版と同じ内容。


第三の男 [DVD]

第三の男 [DVD]

VIDEO CINEMA版。定価1500円。画像ややきれいだがボヤけてる。

ホリー「酒で頭が痛いのに、君はキツい事ばかり言う」
アンナ「(笑う)」
ホリー「笑顔を初めて見たよ。もう一度」
アンナ「できないわ」
ホリー「面白い顔をするし、おかしな動きもする。ジョークも沢山あ
    る。見込みはないか?」
アンナ「(涙)」
ホリー「恋人を見つけろと、君が言ったんだ」


第三の男 [DVD]

第三の男 [DVD]

アイ・ヴィー・シー版(2002年)。定価3980円。100分のアメリカ版。本編の前に淀川長治先生の解説が入っている。しかし先生、ライムを「ライムズ」と言ってるし、オチから何から全部しゃべっている……だが「完璧すぎて始めは嫌いだった」という淀川節が聞けて楽しい。エンディング後にクレジットと、スタッフ・キャストの紹介画面あり。画質は傷が多くあるがコントラストがきっかりあって、昔の洋画を見てるなあという気になる。

ホリー「こっちは頭痛がするのにイヤなことばかり言われる」
アンナ「(笑う)」
ホリー「君の笑いは初めてだ。もう1度!」
アンナ「2度は笑えないわ」
ホリー「1日中面白い顔で、股の間から君を見る。ジョークも豊富に。
    でもダメか?」
アンナ「(涙)」
ホリー「君は言ったな、恋人を作れと」


第三の男【淀川長治解説映像付き】 [DVD]

第三の男【淀川長治解説映像付き】 [DVD]

アイ・ヴィー・シー版(2009年)。定価1890円。上と同じ内容。


というわけで各種、日本語字幕比較。
ポイントはアンナの「There isn't enough for two laughs.」で、ブルーレイ版の「そこまで面白くないわ」は、それを受けて次のホリーのセリフ、こんな面白いことをするから付き合ってくれ的な流れを上手く導き出している。

一方、キープ版やケー・アイ・コーポレーション版のような「二度も笑えないわ」という訳は、恋人を失ったアンナの悲しみを表現したいいセリフだ。

どっちもいいのだが、僕は後者の方が好みだ。

ま、でも、画質、翻訳、特典、値段、全て鑑みて、やっぱりブルーレイ版が飛び抜けて一番いいのは確かなんだけどね。

そういうわけで何のことはない、オススメは一番新しいブルーレイ版です。みんなに『第三の男』を観てほしいな。で、ラストシーンでグッときてほしい。映画史上最もグッとくるラストだと思う。