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今度は上リに又姿のいい汽車が現れた。夕方五時に東京に着く「つばめ」である。海を背にして、目近に次々といい汽車を眺められて運が良かった。昔から何十遍も数が知れない程この辺りを通り過ぎる度に、汽車の窓から眺めて馴染みになった磯に起って、今度は磯から通り過ぎる汽車を眺める。若い時のことが今行った汽車の様に、頭の中を掠める。命なりけり由比の浜風。

(内田百閒「阿呆列車」ちくま文庫