観劇4時半

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久しぶりに劇を観に行く。
演劇公社ライトマンの第9回公演「新しい友達」

正直、締切があって観に行く予定はなかったのだけど、
イトマン総裁から2度も(!)お誘いのメールが来たので、熱意に負けた。

とにかくライトマンというのは玄人ウケするというか、
つまり素人ウケしない劇でおなじみなのだけど、なんか今回の劇も集客に難があるようで。

しかし、ライトマンの舞台を観ずに札幌の演劇を語るなかれ。
愚直にお芝居の「何か」を追求する姿勢に心打たれないのならば創作者に値しない。
というのは言い過ぎだけど、ともかくちゃんと何かを表現しようとするこの劇団の姿勢はまったく評価に値すると思う。

姿勢だけじゃない。
久しぶりにライトマンを観たけれど、なんだ、役者が上手くなっているじゃないか。
これは失礼な物言いだけど、ライトマンと言えば本は面白く演出もいい、だけど役者がヘタ、という勝手な感想を持っていたけど(申し訳ない)、呉下の阿蒙に非ず、日進月歩、役者も十分見られるじゃないか。

特に安部公房の戯曲「制服」をライトマン総裁の重堂元樹演出で素晴らしい舞台に仕上げた時に、
役者として一皮むけたフレンチ(という芸名)は、今回もまたいい演技をしている。
また、札幌演劇界きっての怪優(と僕は思っている)田村嘉規の期待を裏切らない青い顔を観るだけで料金の元は取れたというものだろう。

ただ唯一の難点は、1時間半の上演時間で、結局行き着くところがそこなのかという、
ややカタルシスに欠けた面があるということだ。

いくつかの劇的な展開や、演出の妙、計算されたユーモアにライトマンの良さは十分に現れているが、
この劇団がさらに良いものを作り、あわよくば集客に苦労することがないように、
次作にはわりとわかりやすい宣伝の売りと、観劇後の情動がほしいと思ったしだい。

もし仮に(そんな人は少ないだろうが)、いまライトマンの芝居を観に行くべきか迷っている人がいるならば、もちろん観に行くべきだろうし、観れば必ず、次のライトマンも観たくなるはず。

次も期待している。