新訳vs旧訳

ジョン・ル・カレのスマイリー3部作を読んだ。

ただ、第1作目の『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』は、新訳版が評判が悪いので、あえて旧訳版を古本で買って読んだ。

だけど、結局、新訳版も買って読んでしまった。じゃあどう違うんだよ、と。
で、読み比べてみると確かに違う。まずは新訳版(193p)で……

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)

「きみにやってもらうぞ」自宅の庭でのレイコンのいいかたは、うむをいわさぬものだった。「前進の一手か、それとも逆行か」スマイリーがひと筋ひと筋、道を自分の過去へさかのぼるほどに、もう前進と逆行の区別はつかなくなった。おなじひとつの旅であり、目的地だけが行く手にあった。

続いて同じ箇所を旧訳版(181p)で……

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ (ハヤカワ文庫NV)

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ (ハヤカワ文庫NV)

「それでは、やってくれるね?」あの庭で、レイコンが厚顔にも切り出した。「行きつ戻りつ?」スマイリーが、いろいろな経路をたどってしだいに自分の過去にさかのぼって行くうちに、行くこと戻ることの区別がもはやつかなくなってしまった――すべてが同一の旅で、目的地がつねに前方にあった。

どうだろう。旧訳版の言葉の硬さはいなめない。新訳版の方がなめらかなのだけど、意味の伝わり方は旧訳版に軍配があるような気がする。

もともと、原文にわかりにくさがあるのだけど、新訳版は正直なに言ってるのかわからない箇所があって、伝わりにくい。一方旧訳版は、言葉は硬いが、とにかく意味はわかる。同じ文章の翻訳なのに、単語の違いだけで、意味が通るのだ。

例えば、上の例文で、

新訳「ひと筋ひと筋、道を自分の過去へさかのぼるほどに」
旧訳「いろいろな経路をたどってしだいに自分の過去にさかのぼって行くうちに」

とある。旧訳の方が意味はわかりやすい。なんというか、言葉の取っかかりがあって手が届きやすいのだ。その分、ゴツゴツしているのだけど。

この『ティンカー〜』は、ル・カレ独特の(ちょっとわかりにくい)文章と、過去と現在を行き来する複雑な構成のために、もともと読みにくさがある。そこに、ちょっとヌルッとして取っつきにくい翻訳をしてしまうと、内容を理解できないままになる可能性が高い。

だから僕は、硬くても意味の通る旧訳版を押す。濃密で、噛み応えのある名作だ。


スマイリー3部作その1『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』&映画化された『裏切りのサーカス』について
http://d.hatena.ne.jp/ys22ys/20130826/1377528542

スマイリー3部作その2『スクールボーイ閣下』について
http://d.hatena.ne.jp/ys22ys/20130919/1379602768

スマイリー3部作その3『スマイリーと仲間たち』について
http://d.hatena.ne.jp/ys22ys/20131016/1381930071