これこそル・カレ『鏡の国の戦争』

鏡の国の戦争 (ハヤカワ文庫 NV 226)

鏡の国の戦争 (ハヤカワ文庫 NV 226)

前作『寒い国から帰ってきたスパイ』(1963)で一躍人気を得たジョン・ル・カレが満を持して放ったのが、この『鏡の国の戦争』(1965)。

この本、異色な所があって、前3作や、後のスマイリー3部作などはイギリス外務省の諜報部がメイン。でもこれは、同じイギリスでも陸軍情報部の話。

だけど、お馴染みスマイリーも印象深いシーンに登場するし、管理官(コントロール)もあくの強さを見せる。ギラムも名前だけ言及されているし、スマイリーファンは押さえておいて損はない。

前作『寒い国から〜』の成功でル・カレは知られるようになり、大使館の仕事を辞めて職業作家として歩み出す。だから『寒い国から〜』がル・カレの転機のように思われるかもしれないが、果たしてそうなのだろうか。

確かに前作は、面白さが飛躍的にあがったけど、後の、スマイリー3部作のようなル・カレらしさはまだない。

すなわちそれは、登場人物のセリフのやりとりや内面の移り変わりを、一見地味な展開で何段にも積み上げていき、もの凄い高みにまで達するという、あのル・カレらしさだ。それに、やや難解で不必要とも思われるほど頻出する比喩や、めまぐるしく変わる場面や時間軸なども、『寒い国から〜』にはまだない。

だから、それらル・カレらしさが現れる、作家としての転機がこの『鏡の国の戦争』なのだ。

まず、メインの登場人物として語られるのが3人いる。いずれもスパイで、いずれも敵地におもむく。3人同時ではなく、1人目の行動の結果、2人目が必要となり、それが3人目へと結びつく。

さらに、敵地に行ったスパイの、情報を送られてくる側の視点があり、あるいは陸軍情報部の活動を不気味に見つめる外務省諜報部(スマイリーやコントロール)の視点まである。

この、一見難解な構成だけど、それら複数の視点がラストですべて結びつくという驚愕。これぞル・カレ作品を読む醍醐味、興奮。

やはりこの『鏡の国の戦争』こそ、ル・カレがル・カレとなった作品だ。