すごい本

弟の戦争

弟の戦争

イギリスの児童文学作家、ロバート・ウェストールの、これは本当に傑作『弟の戦争』。

主人公トムの弟フィギスは、何かに取り憑かれたような状態になることがある。それはいつも、弱いものを目にした時だ。

夏の海辺、新聞に載ったエチオピアの貧しい子供の写真を見て、フィギスは動かなくなる。ぼーっとして周囲の人が心配するほどだ。トムや父親は、フィギスを元に戻すために、四苦八苦するが変化はない。そして、

浜辺を歩くぼくたちは、少しましな気分になっていたけれど、とても上機嫌とまではいかなかった。
突然、フィギスがぴたりと立ち止まり「ボサが死んじゃった」と、言った。

その後、フィギスは普通の状態に戻る。

トムは、ラグビー選手の父を尊敬し、一緒にプレーする機会を得る。このラグビーの試合のシーンは、本編とは独立した面白がある。生き生きとしていて、スポーツと青春と、家族とを、実に上手く描写している。

そんなおり、湾岸戦争が起こる。父親はフセインなんて死んでしまえという態度だし、イギリスや世界中の国も、アメリカを中心とした多国籍軍の側だ。

トムも、何事もなければきっと、父と同じ立場で戦争を(テレビで)見ていただろう。ただ、トムには変わり者の弟がいて、弟が突然、アラビア語を喋り始める、自分はイラクの少年兵だと言うのだ。

フィギスの言動を通じて、トムはイラクで何が起こっているのかを知る。戦争とは、単なる善悪だけではない。そこに、トムたちと同じように家族がいて、今、多国籍軍の猛烈な爆撃を受けている。

イギリスに住む家族側しか描かれてないのに、イラクの惨状も伝わる巧みな構成。作品のテーマをストーリーで語るので、説教臭さも少ない。

いや、多少はあるんだろうけど、そんなことをどうこう言う前に、ズドンとテーマが響く。ここら辺が、宮崎駿がウェストールを好む理由でもあると思う。

ちなみに宮崎駿は引退会見でもウェストールに言及している。
http://news.mynavi.jp/articles/2013/09/07/miyazaki/006.html

僕が自分の好きなイギリスの児童文学作家でロバート・ウェストールという男がいまして、この人が描いたいくつかの作品の中に本当に自分の考えなければいけないことが充満しているというか。その中でこんなセリフがあるんです。「君はこの世に生きていくには気立てが良すぎる」。少しも褒め言葉じゃないんです。そんな形では生きてはいけないぞといってる言葉なんですけど、それは本当に胸打たれました。

『弟の戦争』は165ページしかない。それでも、物語の面白さとテーマ性を存分に伝えている。すごい作品。