上手いのはミステリーだけじゃなかった

2005年、『クライム・マシン』でこのミス1位となり、突如脚光を浴びたジャック・リッチー。

シンプルでユーモアがあって、切れ味鋭い短編を数多く書いた。作家自身は1983年に亡くなっていて、それを2005年になって短編集の形で出した晶文社の目の付け所はすごかった。

その後、『10ドルだって大金だ』『ダイヤルAを回せ』『カーギュラ探偵社』と、続々、日本オリジナルの短編集が出た。

それでも飽き足らず、全編初訳作23篇を集めた短編集がハヤカワ・ポケミスから出た。『ジャック・リッチーのあの手この手』。

ともすればこの手の作家は、雑誌の中にふと載っていて、他の力作たちの中で小さく鋭く光る一篇だったりする。だからリッチーだけを集めた短編集の作品は、意外と印象に残らなかったりする。

だけど今回の本は、23篇を5つのジャンルに分けて紹介。なおかつ、ミステリーの範疇にとどまらない、SFやファンタジー、あるいはラブロマンス風のものまで収録。だからすべての作品が印象に残って読めた。

特にオススメは……

往年のミステリーを思い出させる『ABC連続殺人事件』。死者のダイイングメッセージが、なぜかA〜Zまで、アルファベットをすべて書いたものだった。リッチーの良さは設定の奇想天外さと、その真相の明快さ。考えれば強引なのだけど、そこに至るロジックが手際よくて、上手く説得されてしまう。この話は特にユーモア感が良くて、何度も読み返せる秀作。

それと、『猿男』。もうこれはミステリーではない。獣のような容姿をしたボクサーは、世間から恐れられ、陰では笑われている。だけど、ふと訪れた図書館で、司書の女性と知り合って……。美女と野獣。自らもボクシングの経験があるリッチーの、白熱したボクシングシーンと、ロマンスのバランスがちょうどいい。ラストもカッコ良く決まっている。

職人的ミステリー作家というのがジャック・リッチーの一般的とらえ方だけど、何のことはない、すべてのジャンルの小説が上手かったんだ。